マイケル=ミルケンと堀江さん

はてな「ダイアリー」を使ってはいるが、一応単なる日記は書かない積もりでつらつらとこれまで雑文を書いてきた。ブログと称している以上、何らか記事めいたものにした方がいいかなと思っているからである。加えて、大所高所からの評論というやつがどうにも苦手なので、神は細部に宿るとばかりに、評論より分析ということで、ディテールをなるべく大事にしようと思っている。
そんな裏ポリシーは有るのだが、今日のは完全に日記である。4/27に堀江さん釈放のお話を書いたが、そこでふと結びの段で浮かんできたマイケル=ミルケンという言葉に非常に懐かしさを覚えて、今日パチパチとキーボードを叩いている。

4/27 堀江さん保釈

僕が就職活動をしていたのは、もう9年も前になるが、その時僕の胸に有った青雲の志は、自分が日本のマイケル=ミルケンになるというもので有った。マイケル=ミルケンは、金融業界の方なら名前を知っていると思うが、70-80年代にアメリカで活躍した投資銀行家で、アメリカにジャンクボンドの市場を創った人物である。結局彼は最終的にはインサイダー取引の疑いで逮捕され、所属していたドレクセル・バーナム・ランベールという安物スペースオペラに出てくる悪の帝国の様な仰々しい名前の投資銀行を破綻に追い込むのだが、今なお世界で最も有名な投資銀行家の一人である。
アメリカはリスクマネーが豊富な国だと思われがちだが、伝統的にアメリカのリスクマネーはエクイティ市場に偏っていた。エクイティは、事業のスタートアップで有るとか、新規の投資の際には極めてエフィシェントな商品なのだが、クレジットの良くない大企業に取っては余り使い勝手の良いものでは無く、銀行借入や社債調達が厳しくなると大企業は資金に詰まる事が多かった。
マイケル=ミルケンは、投資不適格債が当時のリスクプレミアム程には実際には破綻する可能性は高くない事に着目し、投資家を地道に教育して、巨大な投資不適格債(=ジャンクボンド)の流動性を創出し、経営再建中の大企業やバイアウトファームに、ジャンクボンドによる資金調達の路を開いたのである。これによって、アメリカのマネーマーケットは非常に厚みが増し、企業活動の自由度が格段に大きくなり、経済はより効率的になった。90年代のアメリカの躍進の原因の一つに、このジャンクボンド市場の成立が貢献したのは間違いの無い所だ。
僕は、北海道拓殖銀行山一證券の破綻の最中に金融業界を選んだが、理由は、その当時修羅の巷に有った日本経済を救えるのはジャンクボンドに代表されるサブデットの資金しか無く、僕のミッションはそれを金融業界で実現することだと思っていたからである。日本は、米国よりもずっと、大企業がリードするコーポレート資本主義の色彩が強い国なので、エクイティよりはデットサイドでどこまでリスクが取れるかが焦点だと当時は判断していた。
逆に、就職した後はエクイティに興味を持つことになる。理由は二つである。一つ目は、最初に入った会社でデットサイドでリスク商品も扱ったが、非常に高利であるサブデットが日本に定着するには、そもそも日本企業のROAが低すぎて、制約が大きい事に気が付いたことである。クーポンが払えないとなると、クーポンレートは低いが当たれば大きなアップサイドが有るというエクイティ性を持った資金が必要になる。二つ目は、当時の傷ついた大企業が立ち直るには、そのままの形で資金調達する事よりも、広がった戦線を整理縮小してピュアプレイモデルに回帰する、所謂「選択と集中」の方が重要だと思ったことである。選択と集中を資本市場がサポートするなら、デットでは無くエクイティ資金が必要だ。
そんな理由でエクイティサイドに興味を持っている内に他の会社からお声が掛かり、それを契機に転職活動をして、今のバイアウトファンドを選んでエクイティサイドに転じたというのが僕の履歴書になる。
振り返ってみると、90年代から2000年代初頭の日本大リストラ時代にサブデットのエリアで記憶に残るディールは、住友銀行が定期的に発行した公募劣後債と、NECが資本増強に使った優先証券だろうか。どちらも金融業界の人には、その趣旨は理解できるが、アメリカのジャンクボンドの様に歴史を揺るがしたかと言われるとそこまでの話ではない。つまり、日本経済復活の処方箋は、デットの厚みでは無かったということである。
ひるがえってエクイティサイドだが、手前味噌だが、こちらはある程度貢献できているかなという実感はある。カーライルが手掛けたウィルコムなんてのは判り易い例だろうか。ウィルコムは唯一サバイブしたPHSキャリアとして、定額無線接続を広範囲で提供できるほぼ唯一の会社であり、イノベイティブなサービス・端末を世に出している。DDIポケットの時代は、PHSには「携帯の下級財」という様なネガティブかつ斜陽なイメージが付いて回ったが、京セラからカーライルにバトンが渡ってからの躍進は目覚しい。
京セラ時代はどうしても親会社を慮って自由な打ち手が制限されていたのだと思うが、独立後は大胆に広告宣伝投資を打って、W-ZERO3の様なユニークな端末も出し、加入者は純増に転じて、見事なエクセレントカンパニーに変貌したと思う。直接話を聞いた訳ではないが、このディールは、独立された側もした側もハッピーだったのでは無かろうか。
この様に大規模で無くても、バイアウトファンドが、大企業のノンコア事業としてフルポテンシャルを活かしきれて居ない事業の独立を手助けする事により、売り手の大企業には投資資金を、独立する事業にはオポチュニティを提供した例は多数有る。このコンテクストで、日本経済の効率化の一助にはなっていると信じている。
従来からベンチャーキャピタルは存在しているし、バイアウトファンドも増えて来て、日本のエクイティファイナンスも、かなり充実してきたと実感している。マイケル=ミルケンがアメリカ経済に与えたインパクトと比べたら芥子粒みたいなものだが、その発展に自分が同時代で携われた事は誇りに思っている。ただ、日本経済が完全復活するには、エクイティ資金がキーというよりは、僕は最後アントレプレナーシップそのものがキーでは無いかと思うのである。
アメリカは従来よりフロンティアスピリッツを継承するアントレプレナーシップに満ち溢れた国であり、エクイティサイドのリスクマネーは充実し、最後大企業部門の効率化を進めるに当たってサブデットが経済復活への大きなキーとなった。日本では、従来より非常に厚みのあるデット資金があり、エクイティは上記の通りベンチャーキャピタルからバイアウトファンドまで役者が揃ったが、そもそものアントレプレナーシップの弱さというのは引きずったままでは無かろうか。
アントレプレナーシップというのは、政府の援助とか関与で涵養されるものではなく、生き方としてリスクを取って成功した人が何人も出て、それを皆が認知しないと始まらない趣旨のものである。そう考えると、堀江さんという役者が、アントレプレナーの一つのモデルとして、日本人に与えた影響というのは、非常に経済的意義が大きかった可能性があると思う。今回の一件ではミソを付けてしまったが、今後彼に続くスマートだが型破りなアントレプレナーが二人三人と出てくれれば、確実に日本経済は強靭になっていくだろう。
数年後に、アントレプレナー発の大きなイノベーションが幾つも起きたりした時に、日本経済が変わるきっかけになった個人を一人挙げろと言われたら、堀江さんだったね、という議論になるだろうと思う次第である。
毀誉褒貶は歴史が決するものだが、同時代において結果の予想を諦める事は無い。なるべく透徹した眼で公平に物事を見ていきたいものである。