若者とシニアは安い職を争うが、一旦働けば若者は優遇される。

 twitterで貧困の再生産の話をたまたま紹介してくれた方がいらっしゃって、その話を読むに色々考える所はあったのだが、こういう話は印象論じゃなくて、一度は貧困の真実を数字で掴まないと思考がフワフワするなと思い、簡単にデータを拾ってみることにした。あれこれ調べるとまずは家計調査が世帯収入の代表的調査という事だが、これがクソみたいなデータしか開示していないし、時系列データが長く取れない。困ったなと思って更に探してみると、国税庁が給与所得者のデータを事細かく開示しているのを見つけた。これがめちゃ便利だ。かつ国税なら統計はすごく正確だろう。いつも2月には税務申告の尋常ならぬ面倒くささに敵意を抱く国税庁だが、こういう時はありがたい。
○収入別分布図

  • 出典:国税庁・民間給与実態統計調査

 これはよく見る図じゃないだろうか。データが利用可能な1995年(僕はまだ20歳で労働に従事していない)と2008年の比較だが、400-900万円位の収入の人が薄く広く減少して、200万円以下の貧困世帯に移行した様に確かに見える。中産階級が、グローバル化によって破壊されて二極化という話は人口に膾炙しているし、ロバート・ライシュもこれは不可逆的現象と述べていたから、まさにそれを示す様に思える。
相対的貧困層の推移

  • 出典:国税庁・民間給与実態統計調査

 何をもって貧困と定義するかだが、相対的貧困率というのがあり、平均年収の半分以下の世帯が全体の何割を占めているかという事らしい。また、相対的貧困率があるなら相対的富裕率もあるだろうという事で、平均年収の倍の世帯をそう定義した。平均年収は2008年で430万円である。この率を出すには、線形補正で該当世帯を求めている。また、各年度によって、例えば200〜300万円の収入の世帯の平均年収が微妙に異なるのだが、打ち込むのが面倒だったので、2008年の数字で代用している為、多少の誤差はご容赦頂きたい。あと、絶対的な指標として、200万以下の世帯と確定申告する2000万円以上の世帯も抜き出してみた。
 これを見ると、富裕層が全体に占める割合はほとんど変わらない一方、年収が低い層は3-5%の伸びを示している。これは前のレーダーチャートと同じ結果を示している。中間層が減って、貧困層が増えているのだ。
○世代別給与推移1(単位:千円)

  • 出典:国税庁・民間給与実態統計調査

 この貧困化の要因だが、これまで僕が聞いてきたのは若者層の給与が上がらず、世代間格差が拡大しているから、という話である。この仮説を確かめる為に、世代による平均給与の推移をグラフ化してみた。この1978年からの長期データは素晴らしい。国税庁万歳だ。今年は医療費控除、領収書一枚おまけすることと致したい。さて、実際のデータを見ると若者層が特に最近貧困化している様子は伺えない。むしろ、全年齢が等しく給与が下がっており、40代以外は20代の若者より急ピッチで給与が下がっている。このグラフから読み取れるメッセージは、若者ってのは昔からカツカツで貧乏なものだ、という事だけだ。余談ながら、足元のデフレ下でもバブル絶頂の88-90年より名目給与は高いことは注目に値するし、このバブル絶頂期に日本人の給与というのは大幅に伸びて、そしてその後は下方硬直的ですらある。勤労者すべからくバブルに感謝すべきである。
○世代別給与推移2

  • 出典:国税庁・民間給与実態統計調査

 一番上のグラフと平仄を合わせ、1995年を100として比較してみても同じ結果である。20代の給与の落ち込みはむしろ少なく、50代・60代のシニア世代が最も給与を減らしている。全体的に下がっているが、バランスとしては相対的に若者が優遇され、年功序列で高い給与を貰っていたシニアはシビアな待遇となっている。上二つのグラフについて、若者層の所得頭打ちが貧困の原因という説は、データからはどうも誤りの様だ。全世代的に給与が下がっていて、中でも以前と比べて年功序列が解消されている為か、50-60代の給与は特に高くならない、という話に過ぎない。
 それでは何が貧困層増加の主因なのだろうか。正直、この統計をざっと見ただけではクリアカットな結論はまだ出ていない。ただ、一つ仮説らしきものは有って、それは「給与を下げて再雇用されている高齢者が全体に占める割合が増えているから」というものである。
○世代別労働者数推移(単位:人)

  • 出典:国税庁・民間給与実態統計調査

 このグラフは、最も世代の中で給与が高い40代と60歳以上の世代の動態を示したものだが、40代の数がピークアウトしたのに比べて、60歳以上はかなりのペースで増えている。40代の平均年収は500万円位だが、60歳以上は380万位だから、この比率の変化は全体に対して相当効く筈だ。また、年収300-500万円の層の平均年齢が約41歳なのに対し、年収200万円以下の層の平均年齢は48歳と大分高い事も、高齢者が安く再雇用されている仮説を補強する事実である。
 上記は国税が出典なので雇用されて給与を貰っている人だけが対象の統計だ。そうで無い人々は失業している人が多いだろうから、失業率も見てみると漏れ抜けが小さくなる。
○世代別失業率の推移(単位:%)

  • 出典:労働力調査

 なぜ、この統計者はこんな意味不明の世代分けをしているのか、小一時間問い詰めたい。ほんとに。傾向らしきものしか判らんでは無いか。このグラフから確実に言えるのは、日本全体にバブル位までは完全雇用状態だったが、そこから着実に全世代で失業率は上昇してきたことと、若年失業率は昔から高いが2000年以降は34歳以下の失業率が特に高くなっていること、そして好況が失業率を明らかに癒すが、24歳以下と比べて25-34歳の失業率低下のペースは鈍く、これは日本における既卒者就職の厳しさを示すことの三点程度である。若者層に限って言えば、95年と比べると、雇用さえされていれば、「過去の若者」と比べても格段の不利は無いが、雇用されないケースが増えている。若者全体として見れば、若年失業者が問題である、という事だ。
 まとめると、今回判ったのは、雇用されている限り若者は相対的にむしろ優遇されているということである。また、高齢者が安く再雇用される事が平均年収の低下や低年収層の拡大の主因という仮説が正しければ、それは貧困層が拡大しているという事では無く、単に高齢者の労働市場参加が拡大しているというだけで、問題にすべき話では無いと言える。では何が問題かと言えば、若者層の失業者の多さである。この国税庁の数字には表れてこない貧困層の拡大が雇用されない若者によって起きているのだろう。高齢者の失業率が2000年以降も安定している所を見ると、マクロ的な視点では、企業は経験豊富なシニアを安く再雇用することで、若者を採用することによる教育コストをセーブしている様に見える。若者とシニアが安い職を奪い合って、シニア優勢という構図である。個別企業にとっては合理的な選択だが、タコ足的な長期持続性の無い選択でもある。
 この若年失業者問題は解決せねばならない問題だ。ただ、解決方法は限られている。企業が如何に若者への教育コストを負担する気に再度なるかと、若者にもう少し職業的な基礎能力を教育で付けさせるかの二つしか論理的に無い。前者は税務的な優遇なんかも打ち手としてあるかもしれない。ただ、問題の根源は若者がすぐ辞めるので企業が教育する気が失せるというスパイラルの気もするので、それだと二番目の話と合わせて教育の問題に帰結する。すぐ辞めず、かつ職業的素養を今より少し身につけた若者をどう教育で養成するか。リベラルアーツとか言ってられない、実に世知辛い世の中になったという事である。
 そんな感じで、貧困問題と言っても、全世代的に所得が下がっているのは経済問題だし、一見増えている貧困層は高齢者分については問題では無いので、厚生労働省的な観点では若者の失業問題に、脇目も振らず集中すべきである。加えて、34歳までの失業率が高いってのは、こうナラティブに世代を並べると数ある世代の内の一つに過ぎない。しかし、人口を再生産するには、実質的に貢献が期待できるのはこの層までである。従って、その失業率が高いというのは由々しき問題だ。生活保護家庭における貧困の再生産も勿論だが、少子化問題についても、解決の為の一丁目一番地は若年失業率問題では無いかと感じる次第である。