オラクル、サン買収の先には

 サン・マイクロシステムズは間違った方向に行ったと、何回も過去言われてきて、この会社はしぶとく外野の声をこれまで跳ね返してきたのだが、ついに他社の軍門に下る日が来た。買収したのはデータベースの巨人というか、買収で作った企業向け業務ソフトウェアのデパートという方が近いのか、かのオラクルである。オラクルのウェブサイトに行くと、Oracle buys Sunと現在形で高らかに謳われていて、おお、と思ってサンのウェブサイトに行くと、Oracle to buy Sunと微妙なステップバック感があった。いつだって買収はデリケートな問題である。
 さて、オラクルはこれまで人事管理のピープルソフトとか、業務用ソフトの会社しか買収して来なかったが、なぜ今回はハードウェアの会社であるサンなのか、あまり頭にすっと入ってくる解説がマスコミに無かった。また、Blogosphereでは、意地の悪い見方で、ローエンドのデータベースでシェアを獲得しているサン傘下のMySQLを潰す為だとか、或いはもう少し夢のある話で、業務用アプリケーション分野でガチンコバトルになっているマイクロソフトに対抗する為に、個人用アプリで、サンのOpenOffice.orgを手に入れたいのだとか、色んな憶測は流れていたが、公式にはオラクルはサンの本業であるハードウェアビジネスが魅力と、つまらない事を言っている様でもある。余りに憶測も公式発表も腹落ちしないので、ついに自らオラクルの収益構造をForm 10-kを叩いて調べてみた。暇な訳では無いが、ブログネタの為に10-k見るとは、暇人の行動そのものである。
 オラクルという会社は、約224億ドルの売上の会社で、その内の79%がソフトウェアの売上であり、残りがサポート&サービスである。サービスと言っても、オラクルは余りSIに熱心な会社でないので、大半がサポートやトレーニングからの収益で、残りが最近伸びてきたOracle On Demandという、オラクルのソフトの運用管理を請け負うサービスだと想像する。また、売上の内、68%がデータベースであり、32%がアプリケーションである。業務用アプリケーションの買収を繰り返したオラクルだが、79% × 68%で、まだ全体の売上の53%をデータベースが占めている。オラクルという会社は、昔も今もシステムという世界の中で、ソフトウェアというパーツを供給する上流工程の会社であり、下流的な仕事は、そのソフトウェアの販売から自然に派生するビジネスである、サポートや保守管理を限定的に行っているに過ぎない。オラクルのこれまでの戦略は、そのソフトウェアの品揃えを買収によって増やすことで、古い言葉で言うと水平統合的なビジネスモデルであると考えられる。他の業界で言えば、数年前の欧米の自動車部品メジャーみたいな戦略であり、顧客に対してワンストップショッピングを提供し、またサプライヤーとして巨大化することで、交渉力を獲得している。
 一方で同業を見てみると、IBMはその対極に位置する会社である。全社の売上は1,036億ドルと10兆円クラスだが、IBMの「M」たるMachine、つまりハードウェアの売上はその僅か19%に過ぎない。また、IBMミドルウェアであるWebSphereやDB2とかのデータベース、あるいは有名なNotesといった自社ソフトウェアを持つが、この売上も全体の22%であり、ハードとソフト合計しても売上の半分に満たない。残りのIBMの売上は、企業や自治体のITインフラやアプリケーションのSI、あるいはコンサルティング等の「サービス部門」から生まれており、こちらが全体の57%を占める今やIBMの基幹ビジネスなのである。IBMは、もともとハード屋だったが、90年代にルイス=ガースナーがシステム・インテグレーター路線に舵を大きく切った為、IBMには10年以上のサービスで稼ぐ歴史がある。また、システムはビジネス上の必要によって定義されることを考えると、システムを売るには、その上流であるビジネスの分析やアドバイスから一貫してサービスを提供した方が良いという考えから、2002年にはPwCのビジネスコンサルティング部門を買収している。IBMは、この強力なコンサルティング、SI部門が顧客を捕まえ、そこに自社ハードやソフトを流す垂直統合型のビジネスを志向している。
 もう一つ、大きな会社ではHPがある。HPはIBMと同様に、もともとハードウェアの会社であり、現在でも917億ドルという巨大なハードウェアの商いを行っている。プリンタやネットブックみたいな個人向け商品から、タンデム・コンピュータに源流のある巨大なノンストップサーバーまで、その品揃えは多様である。一時期はDELLにやられていた感もあったが、COMPAQの買収後は規模の経済もあって、ハードウェアのビジネスは安定している様だ。また、HPは、サーバー分野でもIBMと並ぶ二強の一つであり、HP-UXみたいなアッパークラスのサーバーはもともと強かったが、近年はx86ベースの安価なサーバーを、ダウンサイジングとLINUX/Windows Serverの波に乗って売ってシェアを拡大して来た会社である。そう考えると、HPの強みは巨大なハードウェアの売上そのものが持つ、パーツサプライヤーへの購買力かもしれない。記事とかで確認した訳では無いが、インテルCPUを世界で最も安く買える会社はHPであるべきだ。そのHPもハードウェアにおける拡張は限界に達したのか、2008年にアメリカにおけるSI最大手の一つであるEDSを買収し、下流のビジネスに参入している。HPにはIBMの様な自社ソフトウェアは無いから、EDSとのシナジーは、EDSが今後提案するシステムのハードウェアはHP製が主流になる、というだけだと思うが、ハードウェアの巨人であるHPが、ついにハードウェアの世界における膨張と購買力向上のサイクルを見限って、垂直統合的なアプローチでビジネスを再構築しだしているのは興味深い。また、HPのハードウェアはコスト競争力があるから、これはEDSにとっても、有力サプライヤーを確保する意味があって、悪い話では無い。
 この様に、IBM垂直統合的アプローチで、HPもついにそちらを視野に入れだしているのだが、オラクルのサン買収は、どうもそれとは違う話に見える。サンの売上構成を同様に整理すると、139億ドルの売上の内、62%がサーバーやストレージなどのハードウェアであり、38%がサポート&サービスである。つまり、サンのビジネスの構造は、自社のサーバーやストレージを売って、そこから自然に派生するサポートとサービスでも儲ける、というもので、サンとオラクルは対象製品は全く違うが、実はビジネスモデルそのものは極めて似ているのである。両社とも、システムの世界の中で、ソフトやハードといったパーツを提供するビジネスを営んでいる上流工程の会社なのだ。ただ、サンのサーバーは、その辺の安価なサーバーと違って、自社OSも含めて高度に統合された商品だからだと思うが、顧客サポートを下流のSIではなく、自社で行う比率が高く、売上に占めるサポートやサービスの比率は、オラクルよりもサンの方が高くなっている。
 こう整理すると、オラクルは、似たモデルであるサンとは、これまでのソフトウェア会社の買収時と同様に、大きな混乱無くビジネスを統合できるだろう。両社の営業を統合するだけで済むからである。自社の事業パートナーであるシステム・インテグレータに対しては、ハードウェアもワンストップで提供できる様になるのが、これまでとの大きな違いである。オラクルは、自社DBや業務ソフトウェアをハードウェアと自社OSに組み込んだワンパッケージを提供したいのだろう。また、オラクルは、まだまだ小さいサポート&サービスからの売上を買収によって増やすことが出来る。しかし、SIには手を深く突っ込まない彼らの伝統的な方針は、サンの買収を見るに変わった訳では無さそうだ。これはつまり、HPがハードウェアにおいて行き当たった巨大化の壁を、同様にオラクルは業務用ソフトウェアの分野で感じつつあり、HPが下流に舵を切ってSIをやり出した一方で、オラクルは同じ上流であるハードウェアを、水平統合の行き着く先として、扱い出したということなのだろう。つまらないと冒頭に評してみたが、どうやら本当に狙いは公式発表通りなのだと僕は思う。HPとオラクルは、分野は違えど上流の巨人同士だが、それが池の中の鯨化した後、対照的な戦略を採りだしたのは興味深い。
 さて、このオラクルの目論見の成否だが、これはサンの比較的カスタマイズされた、相対的に高額なサーバーがどこまで、安価なx86LINUX/Windows Serverの攻勢に耐えうるかという、元来サンが抱えていた問題が解決できるかにかかっている。つまり、オラクルが発注するベースロードによって、その問題が解決するかである。僕は2兆円の売上のオラクルでは、サンのサーバーシェアを劇的に上げるまでの効果は見込めないのでは無いかと直感的には思う。オラクルは、自社サーバーとOSという追加で売るものを手に入れるが、サンから見ると、オラクルのDBプリインストールのサーバーというのは、サーバー市場の一バリエーションであって、キラーアプリケーションには成り得ないからである。もしかすると、オラクルはハードウェアのビジネスを余り判っていないのかもしれない。ソフトウェアのビジネスの変動費は大半が人件費であって、開発も営業も一人が出来る仕事に限界はあるから、規模の拡大によって単位辺りコストが劇的に減ったりはしない。むしろ大きな企業のエンジニアほど給与が高くて単価はむしろ規模によって切り上がる可能性すらある。一方で、ハードウェアのビジネスでは、変動費は主に原材料費や広告宣伝費、あるいはリベートであって、こちらはメーカーらしく規模の経済がストレートに働く。だから、ハードウェアメーカーであるHPは、その世界で限界まで規模を追求するべく、ローエンドサーバーとコンスーマー向けPCを製造していたCOMPAQと統合する道を選んだ。また、IBM富士通NECなど、その他の日本のプレイヤーは、下流であるSIに力を入れることにより、自社ハードウェアを競争入札から守り、マージンを確保した。オラクルは、下流に出るのでは無くて、同じ上流のソフトウェアとのパッケージ化によってマージンを確保する戦略だと想像するが、これが成功するには、顧客に提供するバリューが明確である必要がある。オラクルの顧客は、B to B to Bのビジネスであって、真ん中のBであるシステム・インテグレータは、これまで別々に発注出来ていたオラクルのソフトとハードウェアとOSを、果たしてオラクルから必ずしもコスト競争力の無いパッケージ化された商品として一括で買うだろうか。余程高度に統合して、安定性が抜群とか、そういった明確な価値が無いとそれは難しいと考えるのが自然だし、そこまで統合するには時間がかかる一方で、サンの本業が迎えている危機は、喫緊の課題なのである。
 オラクルとサンの組み合わせは、これまでに無い商品が出てきそうな可能性はあって、興趣としては面白いと感じるが、サンが株主により高い買い手を見つけるという視点の他に、自社のビジネスと従業員を守りたいと少しでも考えているなら、ハードウェアビジネスで規模の利益が期待できるIBMの方が良いパートナーであったと僕は思う。