バイアウトファンドで求められる能力(2)

○前稿 11/9 バイアウトファンドで求められる能力(1)

 前回に続いて、バイアウトファンドで必要なスキルセットについてである。前回は、バイアウトファンドは実はジェネラリストが必要とされる仕事ではないかという所まで述べた。事実として、バイアウトファンドで働いていると、一つのアイディアを誰が実行するかという取捨選択の作業が非常に多い。スペシャリストが多い集団なら、誰が実行するかは自ずと決まる筈だが、バイアウトファンドではそうはならない。
 これは、単に社内でチームの誰が担当するかという議論に止まらず、投資先企業の人や、リテインしているインベストメントバンカー、弁護士、或いは外部の専門家やコンサルティングファーム等を含めた広いバラエティの中から最適な実行主体を選定する作業である。例えば、事業評価を戦略コンサルタントに頼んだり、投資先社内の悉皆的な業務品質改善プロジェクトをリードする為に、引退したシックスシグマのグルの様な人に半年だけ顧問として来て貰ったり、或いは投資先企業の埋もれていた若手を大抜擢したり、ロジスティクスの統合によるコスト改善が見えていれば、協調投資家に物流に優れた事業会社を招請したり、単純にディール中の社内ワークロード不足に対して、インベストメントバンカーの方に殆どチームの一員として張り付いて貰ったりと様々なパターンが考え得る。これらの仕事は、バイアウトファンドのバリューチェインの中で一つとして重要でないものはない。ただ、全てをファンドのメンバーが行うには時間と能力の制約がある為、より重要性が低い仕事や、外部の方が高いスキルが期待できる事は積極的にアウトソースして、自分はその案件にとってキーとなるバリューアップに集中していくことになる。
 そういう意味では、このキーバリュードライバーの特定と実行というのが、シニアなファンドメンバーが成功するための最大の要素かもしれない。それが、不稼動資産の売却なのか、取り漏れているBRICs諸国の市場獲得なのか、沈滞した社内のモチベーションコントロールなのか、安定した業界構造と担保余力を背景とした高いレバレッジレシオなのか、より高いマルチプルの業態への転換なのか、買取価格の一部をロイヤリティで後払いする事による税金のセーブなのか、規模の経済が明瞭な業界におけるロールアップ戦略なのか、買収ストラクチャーからビジネスまで考え抜いてあらゆる可能性を洗い出せないと、ファンドメンバーとして成功は難しい。
 そして、このドライバーというのは、効果の絶対値と確率と失敗したときのリスクによって評価されるが、これはメンバーによって相対的なものである。実行者がA君とB君では成功確率も効果の絶対値も変ってくる。或いは、A君は自分でやると全く効果が出ないが、100%の効果を出せる人を社外で知っていたりする事もある。つまり、このキーバリュードライバーの特定というのは、創造性だけでなくて、人脈とか、情報収集力とか、しつこさとか、色々な要素の総合力なのである。また、人によって効用が高いドライバーが違うということは、儲け方も一様でないということを示す。従って、どうやったらキーバリュードライバーを探し出せるかと言われると、前に定義したレイヤでいくと、MECEなKPIのツリー構築が出来るとか、ストラクチャリングが得意とかの作業のレベルだけではカバーは出来ず、どちらかというと特性レベルの話になってくる。それで、どんな特性がスキルセットとして必要かと問われると、少なくとも「洞察力」だけは必要ですね、という位しか明確には言えない。そのベースの上に人脈とかファイナンスとか業界ナレッジといった、個人個人が持つ強みを足して、その人なりのバリュードライバーを見つけていくことになる。
 また、キーバリュードライバーを特定することと、それを実行して成功させることは、全く別種のイシューである。3-5年という短いファンドの保有期間の中で、複数の施策を感度が高い順番にきちんと終わらせ、数字を出していくには、洞察力に優れ、様々な施策のアイディアを持つだけでなく、プロジェクトマネージメントと交渉の能力が欠かせない。この2つがキーバリュードライバーの実行に必要なスキルセットだ。まずプロジェクトマネージメントについて述べるが、前にも述べた通り、バイアウトのバリューチェインは極めて長大であり、それが故に、1ディールを投資から投資回収に至るまでには、外部リソースも、内部スタッフも投資先の社員も含め、膨大な人員が関与する。冒頭の通り、この仕事をしていると一つのアイディアを誰が実行するかという取捨選択の作業が多く、これと外部にふった作業の期日管理、及びコンティンジェンシーへの対応と、時宜に応じた適切なプラン修正の繰り返しがまさにプロジェクトマネージメントの本質である。これが出来ないと、外に出すべき仕事を自分で抱えすぎて全体のパフォーマンスが落ちたり、時間までに関係各社がきちんとアウトプットが出る様にコントロール出来なかったりと、案件の潜在的価値をマキシマイズ出来なくなる。
 交渉についても同様である。プロジェクトマネージメントに割いている時間も多いが、交渉と交渉準備に割いている時間も膨大に多い。この2つで労働時間の過半というか殆どを使うと言っても過言では無いだろう。ここで言う交渉は、売却価格を吹っかける、フィーを値切る、優秀な経営者をヘッドハントする、といったワンタイムゲームに止まらない。投資先企業のシニアなマネジメントにとってみると、20代30代のメンバーがドカドカと乗り込んでくるファンドってのは、一種の黒船来襲である。バイアウトファンドは、支配株主だから、究極的には人事権をもっている。だが、それを主張すれば人心は離れる。ファンドメンバーは自ら会社のオペレーションをする事は出来ないから、何か施策を行いたい場合は、投資先企業の人がそれに納得して、自ら動かないといけない。
 この「人を動かす」ということを、特に若いメンバーがシニアなマネジメントに対して行うのは、どの案件でもチャレンジに成り得る。ロジックやインセンティブに加えて、交渉者が備えもつ品格や知性など、相手が説得されるには色んな要素があるが、押し付けることなく、現状に流されもせず、きちんと正しい経営施策を理解した上で実行して貰うのはいつでも簡単ではない。しかも、それは3-5年という一案件の平均投資期間を通じて日々発生する非常に長期間の交渉である。よって、必ずしも一つの交渉機会で最大の成果を得るのが、投資期間を通じた交渉の成果を最大化には繋がらないこともある。相手のタイプを見極めて、譲って相手の顔を立てる局面ももちろん存在する。このように、バイアウトファンドにおいては、投資期間全体から見た交渉の効果最大化が必須であり、メンバーが必ずもつべき能力と言える。僕は、10段階で人の交渉の能力を評価するなら、10が必要だと思っている。
 やや長くなったのでまとめると、バイアウトファンドで成功するにあたって必須な要素は、キーバリュードライバーの特定と実行であり、その2つを為すために備えるべきスキルは、どれも特性レイヤの能力であるが、「洞察力」「プロジェクトマネージメント」「交渉」の3つであるという事だ。

(続)バイアウトファンドで求められる能力(3)