あきゅらいず美養品「泡石」マーケティング&人柱考

 1年位前まで、洗顔はDHCのフェイシャルソープと決めていた。企業買収ファンドという商売をしていると、顔を洗って出直したい気分にはよくなるし、ストレスによる肌荒れも日常茶飯事なので、洗顔石鹸は重要な商売道具である。ま、日中凹んだ日に、洗顔・歯磨きで、ついでに心も rinse off される瞬間は誰でもあるだろう。
 冗談はさておき、DHCの前、中学位から大学の終わり位までは、普通にギャツビーとかクレアラシルとか、そういう「少年向け」洗顔フォームでグリグリ洗っていた。DHCに変えたきっかけは、通販チャネル以外の店頭で買える様になったからである。丁度大学時代と社会人の境目くらいの時期に、セブンイレブンがDHCの男性向けフェイシャルソープを扱いだした覚えがあるから、その時だったかもしれない。当時「少年向け洗顔フォーム」は300円とか500円とかだったから、一個1000円のDHCは贅沢品で、ものは試し気分だったと思う。それが結局、爾来10年以上DHCを使うことになったのだが、「少年向け洗顔フォーム」を卒業したきっかけは、認知可能な差異があったことに尽きる。スクラブとかメントールとかが入って、刺激感が強い「少年向け洗顔フォーム」と比べて、DHCの洗顔フォームは明らかにマイルドだが、洗い上がりは逆にシャープだった。顔中むらなくさっぱりすっきりし、汚れ完落ちで本当の地肌が露出した感覚があったのである。その洗い上がりの地肌露出感が、認知可能な差異となった。
 僕はコンスーマー・マーケティングを本業にしたキャリアは無いが、企業買収ファンド、或いはプライベート・エクイティ・ファンドで働く一環として、消費財の会社を調べたり、ある程度オペレーションに関与したことはある。世の消費財の企業の中には、小林製薬に代表される様な、既存の商品がカバーしていない、小さな満たされていない消費者ニーズを発見して商品を開発する、市場創造型で成功しているパターンもあるが、もう一つの典型的なパターンとしては、ある程度成熟したと思われていた巨大市場において、ガリバーとは違う付加価値を提案する形での成功もある。この「付加価値提案型」における重要な成功要因は、僕は既存のガリバー商品との「認知可能な差異」であり、加えて市場が大きいだけに、その商品の差異性にミートしたマーケティングの量的充実が両輪だと思っている。
 こう抽象度の高いコンセプトから入ると直感的では無いので、レベル感を落として例を挙げると、キリンの生茶の成功が判りやすい。生茶は、出た当時、今までのお茶には無かった、極端に甘いお茶だった。この甘さの秘密は、実は添加されている緑茶抽出物だと思われ、原料はALLお茶には違いないが、実質は甘さを出す食品添加物となる緑茶抽出物を入れることで、あの味を出しているのは間違い無い。このプロセス変革が、他の普通に煮出すお茶では出せない味に繋がっているのだが、これだけでは成功の決定要因にはならない。キリンは、この製品に対して、サッカー・キリンカップでやったら見た「うまいは、甘い。」に代表されるマーケティングメッセージを大量投入し、甘いお茶こそ旨いのだ、という認識をある程度大衆に定着させることに成功した。この甘さが「認知可能な差異」であり、「うまいは、甘い」的な広告が「商品の差異性にミートしたマーケティングの量的充実」であって、この2つが揃ったことが成功の鍵であった。
 同様の例は結構あって、P&Gのシャンプーであるパンテーンは、髪を洗うときの指通りの良さが認知可能な差異であり、昔のロングヘアの白人女性が髪をすくCMが「商品の差異性にミートしたマーケティングの量的充実」である。パンテーンは、成熟したシャンプー・コンデ市場の中で、指通りの良さという機能が髪を洗うときの不快感を減らす効用があることを提示した最初のメジャー商品だったと思う。この指通りの良さは、原料にシリコンを大量投入し、髪と髪の摩擦係数を減らすことによって実現されており、決してもともとの髪質が改善された訳では無いのだが、洗ってすぐ判る「認知可能な差異」としては実に明確な特徴だったと思う。あとは、この秋冬のユニクロヒートテックもその例かもしれない。発熱・保温素材自体は10年以上前から存在するが、ブラや靴下からアウターまで、あらゆる服飾品に発熱・保温素材を大量投入したのはユニクロが初めてであろう。今年の冬は大して寒くも無かったが、普段使いの服をヒートテックに変えると、明らかに「認知可能な差異」があったし、今期のユニクロヒートテックであるという統一感は、それだけで「商品の差異性にミートしたマーケティングの量的充実」を実現していた。僕はヒートテックは発熱はするけど透湿性に劣るので、すぐ使わなくなってしまったが、透湿性まで兼ね備えた他社商品には馬鹿高いプライスタグが付いているから、日用品に安く発熱・保温素材を使ったユニクロはバリューを出していると思う。
 また、マニアなサプリメントによくビタミンBが入っているのも、「認知可能な差異」を作るためなのかもしれない。サプリメントというのは即効性は無いのが普通なのに、人々には「おっ飲むと違う」と早く思って貰わないと使い続けてくれないから、朝のだるさを軽減したり、おしっこが黄色くなったりする変化がすぐに出るビタミンBは手っ取り早い手段ということなのだろう。その結果、サプリメントの評価コメントを、Web2.0的サイトで見ていると、それはナントカ教授が検証した素晴らしいアルカロイドの効果じゃなくて、どう見ても単なるビタミンBの効果だろ、という感想が散見されたりする。
 逆に、認知可能な差異が無くてうまくいってない例としては、コカコーラの茶系飲料は典型的だと思う。コカコーラは、日本でも指折りのマーケティングスペシャリストを擁する会社だとは思うのだが、逆に味みたいな官能機能をマーケティング的に捉えすぎた結果、多数派が好むものに止まってしまい、他の既存商品との判りやすい差別性が打ち出せていない。緑茶市場へのコカコーラの挑戦は、「まろ茶」「一」「綾鷹」など死屍累々だし、烏龍茶も「茶流彩彩」「煌」など、トップシェアの商品は育っていない。
 さて、前置きがやったら長く難しく込み入ってしまったが、僕が書きたかったのは、実は1年前に洗顔石鹸をDHCから「あきゅらいず美養品」という会社の「泡石(ほうせき)」という商品に変えたという極めてシンプルな事象であったことをやっと思い出したので、この話に戻ることにする。DHCのフェイシャルソープは良かったし、お膝元の麻布十番に住んでいたので、地産地消的発想(?)で使っていたのだが、1年位前にSKUの整理があって、僕が使っていた男性用フェイススクラブとフェイシャルソープは無くなってしまった。DHCのメンズラインは、いつしか若者に媚びる様な機能性・パッケージングデザインに変わっており、無くなった商品の代替品は昔の「少年向け洗顔フォーム」みたいで、イマイチ気に入らなかった。10年墨守した習慣を変える時が来たのである。
 飽きの問題もあって、それまでも機会があれば他の商品も試してはいた。スキンケア商品というのは、気にしだしたら最後、より高い商品にしかスイッチしない、というのが鉄板の法則である。僕も累に漏れず、DHCよりは大分値段の張る、エレクトーレとかP.G.C.D.(ペー・ジェー・セー・デー)とか、はたまた「よか石鹸」とか、スキンケアヲタクなら一度は通る道をきっちり通行してしまった。結果としてはイマイチで、エレクトーレはシャープな洗い上がりだったが、男子にしては軟弱な僕の肌には合わず、吹き出物続出であった。多分ソフトなピーリング効果があるのだと思う。どうも昔からピーリング系商品は全然合わない傾向がある。僕の面の皮は大変厚いという評判の筈だが、物理的には意外に弱いらしい。P.G.C.D.はブランドの神通力は抜群だが、僕には「認知可能な差異」がDHCとの間で見つけられなかった。また、スクラブ入りフォームと洗顔石鹸を僕は併用する時が多いが、前者がプロダクトラインに無いのも気になった。P.G.C.D.は、La PrairieとかDe La Merとかと並んで、使ってるというだけでネタになるブランドではあるが、余り差の感じられない商品に高いネタ料を払う気にはなれなかった。
 そんなこんなで迷っている時、普段なら僕は絶対通販チラシでモノを買わないのに、ふらっと気まぐれが起きた結果がスイートスポット串刺しとなったのが、そのあきゅらいず美養品の「泡石」という洗顔石鹸である。P.G.C.D.のサボン・フォンセなる石鹸が、125gで7,350円と実に暴利なのと比べると、こちらは似たサイズの110gが3,990円とリーズナブルである。しかも、この「泡石」にはP.G.C.D.には見つけられなかった「認知可能な差異」があった。それは3つもあって、泡立ちの速さと、泡にもちもちした弾力感があって洗持ちが良いこと、及び洗顔後の保湿力である。洗顔石鹸を両手で泡立てるのは、ゆっくりとしたバスタイムなら前向きな時間だが、急いでいる朝のシャワーとかだとイラっとくる瞬間もある。泡石は、この泡立ちが抜群に速く、かつ泡がふわふわ系⇔もちもち系の軸で行くと、相当もちもちした固体感のある泡で、泡持ちがすごく長いのも良い。また、齢も30を超えると、風呂上がりの水分喪失スピードが加速する一方なのだが、この石鹸は洗い上がりの感覚は相当シャープ系なのに、それが乾燥に直結せず、結構な時間保湿してくれるのには驚いた。
 あきゅらいず美養品は大企業では無さそうなので、大手みたいなマス媒体絨毯爆撃によるマーケティングの量的充実はなかなか難しいと思うが、少なくとも通販チラシは僕にリーチしたし、会社でも「私もあきゅ使ってるんですー」という女子を発見したので、スキンケアヲタクには効率的にささっているのかもしれない。と、いう訳でこの「泡石」、群雄割拠というか、もの凄くロングテール洗顔市場において、成功の両輪が小なりとも揃っている可能性があるから、今後赤丸急上昇になるかもと僕は思っている。アフターバス・ヘアトリートメントが流行りだした頃に使っていたLa Sanaとかは、確かに髪が柔らかく艶が出ていいな、と思っていたら、あれよあれよと言う間に楽天コスメ部門とかで年間1位になったし、このカテゴリー、ブレイクすると速い。さっさとロングテールを脱出するか、今度は首を洗って待ってみたい。
My weapon
[NIKON D90 /SIGMA 50mm F2.8 Macro]

  • そういえば、ブログの特徴の一つにトラックバックというのが有ったが、最近まったく使っていなかった。何かのデザインアワードは貰ったらしいが、極めて直感的で無いあきゅらいず美養品のウェブサイトを先ほど巡ってみたら、社長とスタッフブログを発掘したので、せっかくエントリ書いたからトラックバック攻撃を敢行した。

○あきゅらいず美養品 ウェブサイト