橋下知事は「藩政立て直し」先駆者となるか?

 何事であっても、その道のプロフェッショナルのディリジェンスと能力を信じる自分としては、門外漢の最たる芸能人知事には原則否定的である。宮崎の東国原知事については、雰囲気が良くなったのは認めるものの、果たしてあのセールスマン活動が、どこまで個人技として宮崎のGDPを上げたかというと未だに「?」だと思っている。これは数字が出て、後世判断されることだろう。今日の本題の大阪府知事になった橋下さんについても、立候補した時から何だかなーと思ったし、その後の逆キレ会見やら、実際上の人では有るけれども、本当に上から目線の職員向け演説を見ても、大丈夫かしらんと思っていた。だが、ここんとこの歳出カット策に際しては、大いに見直していたりする。
 大阪府は府内GDPが40兆円、実質税収入が1.2兆円、公債残高は4.3兆円という規模である。企業で言えば、実質税収入が売上で公債残高が借入だから、売上の3.5倍の借入金があるということになる。メーカーであれば、大体資産と売上は1回転する位が平均だから、私企業と公会計の差はあれ、キャッシュフローと借入余力の原則的な関係は殆ど同じだろうから、大阪府は実質破綻状態と言って差し支えない。但し、大阪府だけが特別ひどい訳では無いのが恐ろしい所で、実質公債費比率という、細かい計算は省くが、デットサービス(元本返済+利払)を標準財政規模という収入規模で割った比率が自治体会計では借金の負担率を測る指標として一般的に用いられているが、これで見ると15.6%と都道府県+政令指定都市62の中で、24番目と真ん中よりちょい上程度なのである。収入の内、15%強が借金の返済と利払に消えている計算だが、単純にこの指標だけ見れば、大阪府より財政の悪い自治体が東京都も含めてまだ23個もある。
 24番目であっても悪いのは間違いのだが、いつこんなに悪くなったかと言うと、バブル真っ盛りの平成元年には既に公債残高は1.2兆円位あるのだが、93年位から一直線に増加している。ざくっと見ると、

  • 岸知事時代(79-91):平成に入ってからはほぼ増減なし
  • 中川知事時代(91-95):+1.5兆円
  • 横山知事時代(95-99):+1.2兆円
  • 太田知事時代(00-08):+0.5兆円

という感じで、これ以上細かく見ていないが、要は関空開港が94年だから、関空と臨空開発でドカンと借金が出来たにも関わらず、バブル崩壊で税収が落ち、借金作って売上減る、という最悪のパターンに嵌ったのが最大の原因だろう。その後は、横山ノックはどうやったらストック調整不況になった後に、ここまで借金増やせるのか量りかねる失政で、太田知事は、シャープの堺工場誘致とか、国で言う所の「上げ潮路線」を目指したが、結果としては借金をちょいと増やして終わった、という総括で大筋外してはいまい。
 そんな訳で、火の車の府財政に対して、ソフトランディングを目指さず、いきなり1,100億円のコストカットという荒療治で臨んだのが橋下知事である。1,100億円の内、300-400億は資産売却だから、真水は700-800億ということである。4.3兆円と比べると、焼け石に水感はあるが、そもそも実質税収入が1.2兆円の府なのだから、売上高の約7%のコストカットと考えれば大したものである。上場企業の平均売上高純利益率は3.3%で、税前で5-6%だろうから、これはコストカットで利益が倍増してしまう位のインパクトである。
 この大胆な方策に対しては、報道で見る限り、市町村長とかが「大阪の道は穴ぼこだらけになる」とか、threatで対抗しているらしい。ただ、夕張の例を見ても、公共投資した結果自治体が破綻すれば、それこそ公衆トイレの維持もままならぬ程、住民サービスは低下するのである。だから、現実をきちんと見て、穴ぼこが出来ても、それよりも大切なものが守られれば、それで良しとすべきというのは正しい。
 また、バイアウトファンドという、必然的に企業のオーナーシップチェンジを伴う仕事をしている為、前のオーナーからの移行というのには常に気を使うのだが、普通は最初は摩擦を起こさずにスムーストランジションで、徐々に様子見て施策を打つ、というスタイルに陥りがちだ。これが結果的に悪い方に振れると、「当初、黙認したではないか」「何で急にスタンスが変わるのだ」という批判を受けて、スタックすることになる。橋下知事の場合もそのパターンに陥るリスクは有り、仮に就任直後を様子見して、2年目から着手となったら、1年目の予算を承認した立場でもあり、最早インサイダーと化して、思い切った改革は難しくなるだろう。その辺の力学を見抜いて、KYに徹して1年目から本丸に突撃したこと、或いは就任直後から周りに諮らず、限られたメンバーだけでトップダウンで物事を進めたことは、双方ともなかなか見事なやり方だと思うし、人間的に強くないと出来ない仕事だと思われる。
 政治家ってのは人気商売で、人気を取るにはカネを使わないといけないという因果もあって、とかく財政は緩みがちである。そこを質素倹約に徹して財政を立て直すってのは並大抵の政治家では難しい。財政を厳しくすれば不人気になって自分のクビに跳ね返る一方、緩めれば普通は人気が取れて、かつ作った借金は見知らぬ後世の人が返すからである。この状態を脱するには、財政再建=善という時代的な雰囲気の後押しが欠かせまい。歴史を振り返れば、江戸中期から幕末にかけて、藩財政立て直しで名を成した人物、例えば上杉鷹山であるとか、村田清風とか、調所広郷とかがワラワラと湧き出て、後世の可哀想な学生達は丸暗記させられる羽目になるのだが、この様に人材を輩出したのは、当時財政立て直しが喫緊の課題として指導者層に共有されていたからであろう。
 バブル崩壊後の税収減と過剰投資によって、日本の自治体は軒並み財政悪化に悩んでいるから、今後思い切った手を打つ必要は日本各地に存在する。要は上記の江戸時代と同様の状況ということで、今後財政再建を成し遂げたトップというのが、これからぞろぞろ出てくる筈だ。出て来ないとすれば、ハイパーインフレで借金自体が紙くずと消えるか、軒並み自治体が破産しているだろう。橋下知事が思い切った手で財政再建に成功すれば、その嚆矢と成り得るかもしれない。
 さて、そこまで考えた所で、ふと思ったのは、自治体首長の責任である。抵抗勢力は、責任追及無くして解決無し、みたいなスタンスで問題解決を先送りしようとするのが常道だが、こういうのは問題解決の後に責任追及すれば良い。ただ、問題が解決されたとして、果たして責任はどう取られるのだろうか。一般には、首長は住民の選挙で選ばれる以上、首長には責任追及は出来ず、選んだ方の責任とされる。しかし、企業の取締役とて株主から選任されるが、故意・重過失あれば比較的簡易に出来る代表訴訟等によって責任は追及される立場にあり、下手をすれば特別背任とかで刑事罰まで有り得る。自治体の経営も、企業と同様、マネジメントには幅広い裁量が認められてしかるべきだし、安易に結果責任を問うのは萎縮効果を生む為に反対だが、取締役と同程度の責任と、例えば善良なる管理者の注意義務などは法律上も負うべきでは無かろうか。前に、医師が法的に結果責任まで問われるリスクまで有り、他の仕事と比べて責任が重過ぎると書いたが、逆に、公的な立場である自治体の首長の責任が医師よりも軽いというのは、事の軽重からしてバランスを失するのは明らかだろう。